10.26
Thu
タイトルの通りである。
できたら隔日くらいでも旅の記録を更新できたらなと思っていたのだが、どうもそういうのは向いていないらしい。

旅中に考えることはたくさんある。そりゃあもうたくさんある。
運転中は脳内は暇なので(漫然と運転しているわけではないが)、色々なことを考える。
過去のこととか、未来のこととか、あっ目の前を蝶々が横切ったなとか、風が気持ちいいなとか、帰ってからの仕事のこととか、夕日が綺麗だなあとか、書きかけの文章のこととか、まあ色々と。
そういうものをその瞬間にブログにできたら毎日でも続くのかもしれないが、由無事は次の瞬間には風に乗って儚く消えていってしまうものなのだ。

というわけで、あとから消えずに残ったものをかき集めて綴っていくのもなんか違うな、と。
今は模索中だ。しっくりくるいいかたちを探していくつもりだ。

旅は順調に進んでいる。終わりへと向かっている。
いつか終わりのない旅をしたいと思う。期間限定旅人になるのではなく、人生にしたいと思う。


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10.11
Wed

早朝から太宰府天満宮に行く。

早朝の方が人のいない写真が撮れるかと思い、8時頃に向かったのだが、さすがに早すぎたらしい。

たしかに人はおらず、望む写真は撮ることができたが、参道の店も開いていないので、全体的に閑散としていた。当たり前なのだが…。

店が開くまで待とうかとも思ったが、肌寒かったのと土産品にあまり興味がなかったのとで、早々に退散した。



喫茶店で小休憩を挟んでから、大野城跡と水城跡の百名城スタンプを押しに、スタンプの設置してある「大野城 心のふるさと館」へと向かった。

太宰府天満宮に向かうまでの間に、大野城跡と水城跡を経由してきたのだ。どちらも広大な城跡なので全てを見ることはできなかったが、部分的に鑑賞した。

「大野城 心のふるさと館」には無料で観られる展示資料がいくつかあって、こちらも楽しめた。


今日は百名城巡りの日と言っても過言ではない。ふたつのスタンプを押したあと、吉野ヶ里歴史公園へと向かった。

ここは以前から訪れてみたかった場所だ。吉野ヶ里歴史公園では、吉野ヶ里遺跡の復元された巨大環壕集落の見学ができる他、発掘物の展示も観られる。

公園はとても広大で、隅から隅まで歩き回るには時間が足りなかったので、巨大環壕集落の周辺と展示資料館を中心に見て回った。公園丸ごと使って展示スペースにしているので、実際のスケール感がリアルに感じられて良かった。

社会科見学で来たと思しき小学生がたくさん歩いていて、すれ違う度にこんにちは! と声をかけてくれたので、気分的にも爽やかになれた。


吉野ヶ里歴史公園のあとは、本日最後の城跡、佐賀城本丸跡地の「佐賀城本丸歴史館」へと向かう。

佐賀城跡に佐賀城本丸御殿の一部を復元した本丸歴史館が建てられており、ここは日本で初めて本丸御殿を復元した施設だという。

広大な本丸をまるごと復元しており、長い廊下やいくつもに仕切られた部屋が印象的だった。外にある石垣(こちらは復元ではない)も迫力があってよかった。


今日はこの旅最初のキャンプ泊だ。

背振山キャンプ場に行く予定だったのだが、今日一日の肌寒さを思うとなんとなく気が進まず、さよの湖キャンプ場に変更した。


15時半頃到着し、ゆっくりと設営して、久々のキャンプ飯を楽しんだ。

メスティンで米を炊き、スーパーで買った冷凍ハンバーグを温めて食べた。粗食だが、キャンプだと美味しく感じるのは何故だろうか。


18時頃日が暮れ、寒くなってきたのでテントに入り、ブログの下書きなどをすませて早めに就寝した。



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10.06
Fri

8時半頃に旦過市場にやってきた。


特に目当ての何かがあったわけではないのだが、近隣の小倉城が9時までオープンしないため、時間つぶしにはちょうどよさそうに思えたからだ。


旦過市場は大正時代初期からの歴史があるという。隣接する神嶽川から船で荷あげをして、商売を始めたことがきっかけだそうだ。


2022年4月と8月に火災が起き、深刻な被害を受けたが、今も営業が続けられている。


平日だからか、それとも賑わう時間が違うのか、火災の影響が残るのか、理由はわからなかったがあまり活気はなかった。古き良き建物の残る商店街を一往復して満足した。




次は小倉城へと向かう。旦過市場からは徒歩10分程で、こぢんまりとしつつも立派な天守が見えてきた。


正直言うと城にあまり興味はないのだが、せっかく日本の色々なところを回るのならと、少し前に百名城と続百名城のスタンプ帳を買った。200カ所全て回るのにどれだけかかるかわからないが、200回る頃には城が好きになっているかもしれない。


マイルールとして、百名城の城は見学施設までできる限り見る、続百名城の城はざっと外観を眺めてくるだけでもよい、と決めた。そうでないと時間がいくらあっても足りない…。


小倉城は続百名城のうちのひとつだ。というわけで、天守を外から眺めて写真だけ撮ってきた。中々立派だったので、いつか機会があれば再訪して上まで登ってみたい。


続百名城スタンプはしっかり押してきた。




今日は海沿いを走って博多を目指す。国道495号で岡垣町あたりまで行き、そこから国道をしばし外れて海沿いを行く。よく晴れていて、海と空の青が気持ち良かった。


途中で「道の駅むなかた」に立ち寄る。ここは九州最大級の売上と売り場面積を誇るらしく、なるほど豊富な品揃えだった。空腹だったら何か買ってもよかったが、昼にはまだ少し早かったので、眺めるだけに留めた。近所に住んでいたら頻繁に立ち寄りたくなる場所だなと思った。




国道495号経由で、13時頃に志賀島に到着した。


とりあえず島を反時計回りにぐるりと一周してみる。博多近郊の海がこんなに綺麗だとは知らなかったので驚いた。ところどころに白い砂浜が広がっていて、海の色が眩い。


志賀島は全体的に南国の雰囲気があって、ああ九州に来たのだな、という実感を得ることができた。




志賀島を後にし、福岡城跡を目指した。こちらは百名城なので、見学施設も回る。


「福岡城むかし探訪館」と「鴻臚館跡展示館」を見学した。福岡城むかし探訪館は、今は失われた天守や城下町の姿を再現解説しており、鴻臚館跡展示館は古代の交易拠点だった鴻臚館跡をそのまま展示紹介している。どちらも見ごたえがあったが、鴻臚館跡展示館は実際の発掘現場をそのまま展示していることもあり、とても迫力があった。




夕方に宿に着き、バイクを置いて徒歩で天神へと向かった。目当ては天神の屋台だ。天神地下街を散策して時間をつぶしてから、19時頃に屋台を探しに出た。


天神駅近辺ではあまり見つからず(ちらほらとあるにはあったが、すでに満席で何人かの客が列を作っていた)、中洲の方へ行くことにした。


那珂川を渡ったところに十数店の屋台が並んでいる。こちらもどの屋台も満席で、待っている人もちらほらいた。


屋台街を3往復ほどした頃、ちょうどひとり空きのできた屋台があったので、とりあえず滑り込んでみた。


注文したのは明太卵焼きと一口餃子、レモンサワー。


卵はふわふわで明太子の辛みも程よく、一口餃子も一人分のつまみにちょうどよい大きさと量で、大満足できた。 





知らない夜の街を歩くのが好きだ。昼間は仕事モードで行き交う人々が、そこから解き放たれてゆったりと過ごしている様を見るのが好きだ。


博多の夜はどこかあたたかいように感じた。新宿や難波にも似ているが、それらよりもふんわりとしていて、まるい感じがする。


酔いを覚ますほど飲んではいないが、ふわふわとしたいい気分で宿へと帰った。



――――――――――――――



旅中は文章のみ先に公開し、時間のできたときにあとからまとめて写真挿入&体裁調整をしています。スマホからの更新のため、文章のみの状態だと読みにくい体裁になってしまっていますが、悪しからず。




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10.04
Wed
フェリー乗り場の空気は、空港や鉄道駅のものと比べて、異質なように思う。 奇妙にゆったりとしているのだ。

船旅という、時間のかかる旅程を敢えて選んだ者が集っているからか、穏やかであくせくしない空気が漂っている。

大きなバルーンの中にフェリー乗り場ごとすっぽり包まれて、そこでぷかぷか浮かびながら静かに出航のときを待っている、そんな感じがしてくる。

 

お茶と軽食を買って、わたしも出航のときを待った。 バイクは十台ほどいた。

夏休みでもないのに多めだな、と思う。この経路の普段を知らないのでわからないが、平日で十台は多いのではないだろうか。

バイク乗りは服装を見れば大抵すぐそうとわかる。わたしのライダースジャケット姿を見て話しかけてきた男性は、関東をぐるりとツーリングしてこれから九州へ帰るところだという。どこを回るの? と訊かれ、九州一周しますと答えた。

 

東京九州フェリーは、神奈川県の横須賀と福岡県の新門司を結ぶフェリーだ。

横須賀を23時45分に出発して、新門司に着くのは翌日の21時。およそ21時間の長旅。

このフェリーに乗るのは初めてだ。新潟―苫小牧を結ぶフェリーや青函フェリーには乗ったことがあるが、太平洋側を往ったことはない。

 

バイクの乗船の時間がやってきた。タラップを上って、固定用の突起を慎重に避けながら船床を進む。この瞬間は何度やっても緊張する。

どうにか無事に乗船は済んだ。下ろすときにやや取り回しにくい角度のところにつけることになったが、今は気にしても仕方がない。

先ほど少し話をした男性はなんとも取り出しやすそうな位置につけている。あの人はラッキーでいいな、と思いながら船室へと向かった。

 

船室は二等のカプセルベッドだ。一番安い部屋だが、快適に過ごせそうな広さがある。

こちらは運良く部屋の一番奥の角だったので、人の出入りを気にすることもない。雑魚寝型の二等室より快適に寝られそうでよかった。

荷物を置いて、甲板に出る。出航前から強い風が吹いている。黒い海と港の灯りを見ながら、静かにそのときを待った。

船が出る。フェリー乗り場の大きなバルーンからふわりと抜け出して、洋上へと進んでいく。

沿岸の工場夜景が遠くなる。風がどんどん強くなる。

ぽろぽろと何かが剥がれ落ちるように自由になっていく。沖へと進むごとに体は軽くなる。わたしは旅人だ、と思えるようになる。フェリーは、そんなゆっくりとした変化を許容してくれる乗り物だ。

 

初めてのフェリー旅は3年前の北海道旅だった。遠ざかっていく新潟港を最後のひとりになるまで甲板から眺めていたのを覚えている。今回もそうしようか迷ったが、比較的多くの人が甲板に残っていたので早めに退散した。

すでに船酔いの気配がある。太平洋側は日本海側より揺れるというのは本当だったのだな、と思いながら眠りについた。

 

翌朝、8時の船内アナウンスで目が覚めた。船酔いの気配はいまだ残るが、ゆっくりと過ごしていれば気にならなくなる程度のものだ。ただあまり立ち動く気にはなれない。

軽く朝食を食べ、しばらくぼんやりと洋上の景色を眺めていた。船はちょうど紀伊半島沖を進んでいるところで、紀伊半島の最南端の潮岬が見えた。

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10時からプラネタリウム上映があると聞いたので行ってみた。床にYogiboを並べてそこに座って天井を眺めるスタイルだ。

一番いい席は既に埋まっていたので、端っこにあったYogiboを引っ張ってきて着席した。

映像の細やかさは家庭用プラネタリウムのレベルだったが、波の揺れを感じながら見上げる星は中々に良かった。Yogiboに埋もれて少しうとうととしたからか、船酔いも多少よくなった。 

少し昼寝をして、目が覚めたら13時だった。まだまだ時間がある。そろそろ暇になってきたな、と思いつつも船内にあった新聞を読んだり、テレビを観たりして過ごした。酒でも飲もうかと思ったが、船酔い気味なことを考えてやめておいた。

 

17時過ぎに日没を迎えた。見事な夕日は望めなかったが、船上からの景色を収めることができた。

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タイタニック号の乗客もこんな気分だったのだろうか、などと不毛なことを考えつつ、夕食を待つ。

朝は事前に買い込んだ軽食、昼は船酔い気味でパスしたので、夜くらいは船内のレストランで食べてみようということにしたのだ。 

「門司港レトロ焼カレー」を注文した。ドリア風にご飯の上にカレーが乗っていて、チーズがこんがりといい雰囲気だ。ふわふわの卵も乗っていて美味しかった。

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しばしのんびりとしたあと、ついに下船のときを迎えた。いよいよ九州上陸である。

船内のアナウンスによると新門司港近辺は小雨。 いきなり雨装備か、と思いつつ身支度をして、21時間ぶりに相棒のバイクの元へと向かう。相棒は倒れることなく待っていてくれた。

小雨の中タラップを下って、無事に新門司港へと降り立った。フェリーで遠い地に降り立つ瞬間の高揚感はたまらない。 

 

晴れていれば北九州の工場夜景を撮影できるスポットに立ち寄るつもりだったが、雨なのでまっすぐ宿を目指した。



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09.14
Thu
新潟県小千谷市片貝町の、片貝まつりに行ってきた。
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昨年初めて行って、小さな町に上がる特大花火の迫力にやられて今年も再訪。
地元の人たちの熱意というか、この町が好きだ! という思いの強さのようなものが町全体をまあるく包んでいるようで、ここだけ世界が切り取られているような感覚さえしてくる。
片貝まつりは約400年の歴史を持ち、毎年9月9日、10日に打ち上げられる(来年からは日付固定ではなくなるらしいが)。
打ち上げられる花火は全て地元の神社である浅原神社への奉納花火。町民や企業のほか、全国各地から一般人も奉納していて、誰でも花火を上げることができるのが特徴だ。

今回、その一般人として奉納花火を打ち上げてきた。
奉納理由は、両親の還暦祝い。昨年の観覧で誰でも打ち上げられることを知って、来年はちょうど還暦の年であるし、絶対に打ち上げよう! と決めてコツコツと計画してきたのでした。

9日、無事に両親の還暦祝いの花火は晴れた夜空に打ち上がった。
こればかりは運次第なので本当に直前までドキドキした。なんせ台風来てましたからね…てるてる坊主を量産して対抗。どうにか保たせてくれたてるてる達には感謝感謝…。
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それぞれの願いや思いを込めて打ち上げられる花火。奉納者になって見上げると、全ての花火が愛おしく思えてきたのでした。みんなの願いが叶いますように。祈りが届きますように。

10日の昼には柏崎の海の方、恋人岬に行ってきた。
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カンカン照りで数分でドロドロ溶け出しそうな酷暑だったが、海の色が深くてよかった。どこまでもぱっきりと青く、遠くには佐渡島の影が見えた。
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思い返せば、およそ15年ぶりの家族旅行だった。帰路、深夜の高速道路を運転しながら、あとどれだけこういう時間を過ごせるのだろうか…と感慨に浸ってしまった。
わたしはあまり親孝行できなさそうだけれど、できるだけ幸せな人生だったと思ってもらえるようにしたいと思った。この先何ができるかわからないけれど、少なくとも悲しませることはしたくない。あわよくば少しでも幸せを生み出せたらいい。
色々なことを考えた家族旅行だった。今日の日の思い出が、いつか両親(と自分も)を支えるものになればいいなと思う。

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